Project2050/50 #極省エネでもそこそこ豊か な世界の姿とは? 「エネルギーから見た、2025年の状況分析」
エネルギーから見た、2025年の状況分析
前説
2025年の日本社会をエネルギーから見ると、ひとことで言えば「三つの世界が重なっている時代」である。第一の世界は、LNG、石炭、石油に支えられた化石燃料中心の旧世界である。第二の世界は、太陽光、風力、地熱、バイオマスなどが伸びながらも、送電網、蓄電、制度設計の遅れに直面している移行層である。第三の世界は、家庭、地域、自治体が小さな単位でエネルギーを作り、ため、融通し合う分散型の新世界である。日本の2023年度の発電電力量では、火力が68.6%、再生可能エネルギーが22.9%、原子力が8.5%だった。つまり、脱炭素への方向は見えているが、現実の土台はまだ化石燃料に深く依存している。Project50/2050では、この重なり合った現実を出発点として、2050年へ向けた「そこそこ豊かな極省エネ社会」の条件を探る。
※数値は経済産業省「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績」等をもとにした概数。
リード
2025年は、エネルギー転換が終わった年ではない。むしろ、古い構造と新しい構造が同時に存在し、互いに押し合っている年である。火力発電はなお社会の基盤を支え、再生可能エネルギーは増えているが、系統制約や出力抑制という壁にぶつかっている。その一方で、家庭用太陽光、蓄電池、EV、地域マイクログリッドなど、分散型エネルギーの芽も見え始めた。問題は、どれか一つの技術を選べば解決する、という単純なものではない。大規模、中規模、小規模のそれぞれで、エネルギーの最適解を組み直す必要がある。
本文
まず確認すべきは、日本のエネルギー構造が、まだ旧世界の上に立っているという事実である。2023年度の発電電力量を見ると、火力発電は68.6%を占めている。内訳はLNG、石炭、石油などであり、いずれも海外からの輸入に大きく依存している。再生可能エネルギーは22.9%まで伸び、原子力も8.5%まで戻ってきたが、全体の七割近くを火力が担っている状況は変わっていない。
これは単に「化石燃料が多い」という話ではない。LNGは発電所に届くまでに、産出国、液化設備、タンカー、受入基地、発電所という長い流れを通る。石炭も石油も同じように、海上輸送と国際市場に支えられている。つまり日本の電力は、発電所の中だけで完結しているのではなく、海峡、港湾、為替、国際政治、戦争、保険料、タンカー運賃といった外部条件の上に成り立っている。
この旧世界は、悪いものとして単純に切り捨てることはできない。火力発電は、需要に合わせて出力を調整しやすく、産業、家庭、交通、物流を支えてきた。暑い日、寒い日、曇りの日、風の弱い日にも電力を供給する役割を果たしている。しかし同時に、CO2排出、燃料価格の変動、輸入依存、地政学リスクという問題を抱えている。ここに、2025年の第一の矛盾がある。社会はまだ火力を必要としているが、長期的には火力に頼り続けることが難しくなっている。
次に見えるのが、移行層である。太陽光発電はこの十数年で大きく伸びた。住宅、事業所、メガソーラーなど、多くの場所で発電設備が増えた。風力、地熱、バイオマスも、それぞれの地域条件に応じて導入が進んでいる。再生可能エネルギーの発電コストは下がり、発電設備としては十分に競争力を持つようになった。
しかし、ここで新しい問題が出てくる。再生可能エネルギーは、燃料を輸入しなくてよい一方で、天候や時間に左右される。太陽光は昼に発電し、夜は発電しない。風力は風があれば発電するが、必要な時間に必ず吹くとは限らない。そのため、発電量と需要を合わせる調整力が必要になる。
さらに、日本では送電網の制約が大きい。再生可能エネルギーが多く発電できる地域と、大きな需要地が必ずしも一致しない。北海道、東北、九州などには再エネの大きな可能性があるが、首都圏や大都市へ送るには送電線、変電設備、系統運用の余裕が必要になる。発電設備を増やしても、運ぶ仕組みが追いつかなければ、電気は十分に活用されない。
その象徴が、再エネの出力抑制である。電気が余る時間帯に、太陽光や風力の発電を止める、あるいは減らす措置である。これは安全な電力運用のために必要な場合もあるが、社会全体から見ると、せっかく発電できる自然エネルギーを捨てている状態でもある。ここに、2025年の第二の矛盾がある。再エネは増えている。しかし、それを十分に使い切る社会システムがまだ完成していない。
この移行層では、発電コストだけでは問題を測れない。太陽光や風力そのもののコストが安くなっても、送電網の増強、蓄電池、需給調整、バックアップ電源、市場制度の設計が必要になる。つまり「安い発電」は、そのまま「安い電力システム」にはならない。エネルギー転換とは、単に発電所を置き換えることではなく、社会の運び方、ため方、使い方を変えることである。
そこで第三の世界、すなわち分散型エネルギーの方向が見えてくる。家庭の屋根に太陽光を置き、蓄電池で自家消費し、EVを移動する蓄電池として使い、地域の中で電気や熱を融通する。学校、福祉施設、役所、病院、商店街、集合住宅、農地、工場が、それぞれ小さなエネルギー拠点になる。これは、巨大発電所だけに頼る世界とは異なる発想である。
分散型の強みは、単に脱炭素だけではない。災害時のレジリエンス、地域経済の循環、送電ロスの低減、暮らしの見える化、省エネ行動との相性がよい。家庭や地域がエネルギーの消費者であるだけでなく、部分的な生産者、調整者になる。ここには、Project50/2050が考える「極省エネでもそこそこ豊か」という方向性がある。
ただし、この新世界もまだ未完成である。家庭用蓄電池は高価であり、地域マイクログリッドには設計ノウハウが必要である。制度、規制、電力市場、保安、所有権、費用負担の問題もある。地域によって、日射、風況、土地、人口密度、産業構造が異なるため、全国一律の答えは作りにくい。分散型は魅力的だが、放っておけば自然に広がるものではない。
ここで重要になるのが、スケール別の最適化である。大規模には、広域送電、洋上風力、大型蓄電、需要地への安定供給が必要である。中規模には、自治体、地域新電力、公共施設、商業地、工業団地を結ぶ設計が必要になる。小規模には、家庭、町内、農村、福祉施設、個人事業者が、自分たちの生活に合った省エネと発電を組み合わせる工夫が必要になる。
2025年の状況を「遅れている」とだけ見ると、未来は暗く見える。しかし、「三つの世界が重なっている」と見ると、別の見方ができる。旧世界はまだ必要であり、移行層は混乱しており、新世界は未完成である。だからこそ、今は一つの正解を決める時期ではなく、複数の選択肢を持つ時期である。大規模集中、再エネ拡大、分散型、自立型、省エネ、需要調整を、どう組み合わせるかが問われている。
エネルギー問題は、技術の問題であると同時に、暮らし方の問題でもある。どれだけ発電するかだけでなく、どれだけ使わずに済ませるか。どこから買うかだけでなく、どこで作り、どこでため、誰と分け合うか。高価なエネルギーを前提にした社会から、少ないエネルギーでも生活の質を落としすぎない社会へ移ることができるか。2025年は、その問いが具体的に見え始めた年である。
まとめ 2050年をフォアキャスト
2050年を考えると、三つの道が見えてくる。第一は、このまま化石燃料依存を薄めながらも、基本構造を大きく変えない道である。この場合、電力供給は一定の安定を保つかもしれないが、燃料価格、地政学リスク、CO2制約に長く縛られる。第二は、大規模技術に強く依存する道である。原子力、大型洋上風力、大規模蓄電、水素、アンモニア、CCSなどを組み合わせる道だが、コスト、制度、立地、社会的合意が課題になる。第三は、分散型を本格的に育てる道である。家庭、地域、都市、国家を別々に考え、それぞれのスケールで最適化する道である。
Project50/2050が注目すべきなのは、第三の道である。ただし、それは大規模システムを否定することではない。国家規模の電力網は必要であり、大型電源も一定の役割を持つ。しかし、それだけに依存しない社会を作ることが重要になる。2050年の豊かさは、エネルギーを大量に使えることではなく、少ないエネルギーでも安心して暮らせることに移っていく。そのためには、いま見えている三つの世界を冷静に読み解き、家庭、地域、都市、国家のあいだに、新しいエネルギーの結び目を作っていく必要がある。
2025年は、まだ答えのない年である。しかし、答えがないことは、悲観ではない。選択肢が複数あるということでもある。2050年に向けて問われているのは、巨大な正解を一つ選ぶことではなく、小さな実装を積み重ね、地域ごとの解を育て、それらを広域の仕組みとつなぎ直すことである。そこに、極省エネでもそこそこ豊かな社会への入口がある。
参照元
・経済産業省「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績」
・資源エネルギー庁関連資料
・環境エネルギー政策研究所(ISEP)「国内の2023年度の自然エネルギー電力の割合と導入状況」
・電力広域的運営推進機関(OCCTO)「再生可能エネルギー発電設備の出力抑制に関する検証結果」
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