イラクでの事件で考えたこと
五人の解放でだいぶ一息ついたという方も多いでしょう。私も一昨晩は、仕事を終えて、家に帰りついたとたん流れたニュースに釘付けでした。ほっと一息つきました。
彼らが日本に帰れば、自己責任ウンヌンの話しで追われるのでしょうか? 私たちが知らないこと、または知らなければいけない分野や場所で活動をしている人たちは、常にいろいろな意味で傷つきやすい立場にさらされています。
責任の追及があるとすれば、かれらをそこに向かわせた原因にも目を向けたいと思います。
今回の事件で見えてきたいろいろなことは、私たちの生存や自由とかかわる重要な視点をもっていると思います。当しなやかな技術研究会は、ポジティブな内容についての情報(だけ)を扱うつもりでしたが、blogを試験運用していきなり、今回の事件が起こりました。"劣化ウラン弾についての絵本を作りたいと取材に向かった青年が誘拐された"ことを知った時、しなやかな技術研究としても、なんらかの動きをしてみたいと考えました。なぜならば、劣化ウラン弾は、「通常兵器として利用されている、小型核兵器」です。各国政府が使用さえ認めたがらない、その兵器について知れば、そしてそれが前湾岸戦争以降ずっと実際にイラクで引き起こしていること、白血病の増加、奇形出産率の増加などについての報告を知れば、正義感の強い人、特に若者であればなんらかのアクションを起こすにちがいないからです。また、実際にイラクに赴くNGOやNPOの人たちの間では、使用された劣化ウラン弾が燃焼後に空気中に放散され、たとえ劣化ウラン弾により直接破壊された戦車や建物にちかずかなくとも、空気中のこまかな塵などを吸い込むことで体内被曝を引き起こす危険性を多くの方が認識しているようです。それなのに、行こうとする人々がいるのです。私なら近づきたくない、Days Japanの記事のタイトルは、永遠に汚染された土地(?) とあったように思います。私は、素直にたいしたことだと思います。
今回の事件でいろいろ見えてきたこと、再確認できたことがありました。私としては、彼らの危険な土地での活動が、政府や関連した人々に迷惑をかけたことよりも、今回の事件で浮き彫りにされてきたことにも目を向けてくれたことに感謝します。そして、おかえりなさい。
劣化ウラン弾については、前湾岸戦争でも使用されました。そして今回の米軍進行でも劣化ウラン弾がイラクで大量に使用されました。しかし、アメリカは、その人体、環境にあたえる深刻な影響を認めていません。確かに、体外にある時には、百歩譲って安全だとしても、ひとたび兵器使用されれば、戦車や建物の装甲を破壊して、焼夷弾のように燃え上がり、環境中に放出されます。環境中に微粉末としてまき散らされた放射性物質は、「人体に影響を与えないほど低レベル」だそうですが、実際には空気やほこりを吸い込むことによって人体に取り込まれ体内被曝を引き起こします。体内被曝は、放射線物質と細胞の距離が0ですから、その影響は長期にわたり生命にかかわる健康被害をもたらします。
土曜日の東京中野のゼロホールでの「日本人 人質事件を考える緊急集会」でジャーナリストの豊田さんの報告中に、ニュヨーク出身のMPとしてイラクのサマワに派遣された人たちの健康被害が米で取りざたされているとのお話があり、調べてみると確かにありました。
-NewYork DairyNews-April 3,2004
http://www.nydailynews.com/news/story/180332p-156685c.html
-米軍サマワ帰還兵から劣化ウラン 元軍医が東京で報告-asahi.com-(04/12 21:56)
http://www.asahi.com/national/update/0412/025.html
アメリカ当局が健康への影響を否定しているなかで、テロの犠牲にもなったニュヨーク出身のMPに健康被害があり、体内から劣化ウラン弾の影響だとの証拠がすでに検査で出たとのことです。今後、調査が進められそうです。
市街戦に参戦したわけでもないMPが、被爆し、すでに健康を害し、重大な健康被害が予想される、というショッキングなニュースです。
サマワの自衛隊は、アメリカ軍から被爆マップなる地図をもらい、現地ではそこに近づかないようにしているということですが、ガスマスクをしているわけにもいかないでしょうから、大気中の汚染物質があるとすれば、まったく無力です。そして、人により健康被害の症状、発病時期がことなるので、帰還した自衛隊員の方の健康調査を、派遣されなかった方と比較して、5年以上15年程度継続的に続ける必要があるとの指摘もあるそうです。
しなやかな技術の対極にある、巨大で、集中的に管理された、画一的な基準で運用される技術が戦争です。なんと呼べばわかりませんが、ゴワゴワとしたそれらに向き合うことも、等身大で、分散的で小さなネットワークで維持される、ローカルな技術である、しなやかな技術が見えてくることもあります。
しなやかな技術研究会 恒任東士
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